生きるってどういう事なのか。

      2021/03/19

今日はいろいろ考えさせられました。

自分で

「これ以上生きている必要がない」

と判断する状況とは、
どんな状況なのか。

かつて、オイラ自信、

「飛び込んだら楽になる、なれる」

と思ったことがあった。

昨今流行りの病気であった。

しかし、家族だったり、恋人だったり、
オイラがお世話になった人が頭をよぎった。

このままでは、生きている「意味」がないと、
考えることが出来た。

ちょっとした小さな事でも、
オイラが知ってることで、役に立つ事が出来るのではないか?
生きていて意味が無いことなんて無いと考え直せた。

これから起こりうる、辛いこと、悲しいことだけを不安に思わず
嬉しいこと、楽しいことに「期待」をしてもいいのではないか。

自分がちょっと頑張るだけで、笑いあえる機会を作ったり、
気持ちの共有が出来れば良いと思った。

でも、このように考える事が出来るようになったのは、
オイラ自信だけでなくて、友人や会社の先輩だと信じている。

 

つまり、人は「生きている」のではなく、

生かされている

のだと。

 

自分の意思で、生きることをやめるというのは、
オイラには出来ない。

それでも、旅立ちを選ぶということは、
どういうことなのか。

孤独、孤立、自分一人。たった一人。

精神的な追い込まれ、周りからのプレッシャー。

など。

強く、強く感じたのだろうか。

無論、旅立った後では何も分からない。

ただの想像だけど。

でもきっと、身近な人は、

「なんで一言言ってくれなかった」

と、

そして、

「なぜ気付いてあげられなかった」

悔しい気持ちでいっぱいだろう。

もしかしたら、こんなダメなオイラでも、

心の紐をときほどく事が出来たかも知れない。

一度でもそういう話しをしたかった。

悔しい。

ちっぽけなオイラでも。

話しを聞きたかった。

こういう事は無くなって欲しい。
あってはいけないと思う。

 

どんなに辛い話しでも、

聞いてくれる人はきっといると思う。

人は自ら話す事によって
気持ちが楽になる生き物だと思う。

自分の中に溜め込めば、溜め込むほど、
明るく振る舞えなくなり、
たくさんの病を引き起こしたりする。

オイラ自信が溜め込むタイプだからそう思う。

仕方のないことかもしれないが、
分かっていても、出来ない。

自己嫌悪がつきまとう

きっと、もしかしたら、
自分で自分を追い込み過ぎたのかも知れない。

どこか分かるような気がする。

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